人権って何?

性別、国籍、年齢をとわず、この世に生きるすべての人びとは、生まれながらにして、かけがえのない価値を持っています。同時に、

一人ひとりがみな、「人間らしく生きる権利」を持っています。この権利は、平等であり、決して奪うことはできません。

そして、この権利を社会全体で守り、尊重することによって、より多くの人びとが平和に、そして自由に暮らせる社会が築かれるのです。

この、人間のための権利。それが、「人権」です。


 

 

人権について考える3つのステップ

1. 私たちの生活を支えている「人権」と「権利」

 

2. 人権。それは私たちの手で作っていくもの

 

3. 世界人権宣言ってなんだろう?ち生活を支えている「人権」と「権利

 

 

 

 

 

 

「人権」ときくと、自分の生活とは関係のないものと思われるかもしれません。しかし実は、「人権」は、私たちの日々の生活を支える、とても身近で、大切なものです。ここではまず、人権が私たちの暮らしや社会とどう結びついているかを、「権利」という概念をまじえ、考えていきます。

 

人権が、「あたりまえ」をつくっている

自分の思ったことを自由に口にすること、自分の選んだ宗教を信じること、自由に学ぶこと、自分の選んだ人と結婚すること、好きな服を着ること、好きな音楽を聴くこと、病気になったら医療を受けること。これらはすべて、私たちが持っている「人権」です。

たとえば、政府の政策がおかしければ、私たちは、「それはおかしい」と言うことができます。子どもたちはみな、学校で自由に勉強することができます。高熱で苦しければ、病院にいって医師に診てもらうことができます。好きな人と結婚するのも自由。仏教、キリスト教、イスラム教など、自分が信仰したい宗教を選ぶのも、基本的には自由です。

憲法で保障され、今の日本では、「あたりまえ」だと思われているこれらの人権。しかしこれらは、ずっと「あたりまえ」だったわけではありません。これらの人権を「あたりまえ」にしたのは、これらの人権がないために苦しんできた無数の人びとの願いと命をかけた努力なのです。


 

 

権利って、なんだろう?

「人権」というものは、言葉が示すとおり、権利の一種です。では、そもそも権利とは何でしょうか? 実は、人権を正しく理解するには、「権利」というものをしっかりと理解することが重要になってきます。

権利とは、何でしょうか?少し難しいですが、権利とは「社会全体が護るべき基準(ルール)にのっとり、求めることができるもの」ということができます。

似たような概念として、「道徳」や「倫理」といったものが挙げられます。ただし、「権利」が両者と決定的に異なる点があります。それは、「(誰かに)実現することを要求できる」という点です。権利については、実現しなくてはならない責任者がいるのです。

権利にはいろんな性質のものがあります。私たちは、買い物をするときに代金を払えば何かを所有する権利が生まれますね。カバンを買って代金を払ったのに、カバンを渡してもらえないようならば、私たちは裁判に訴えることができます。権利があるから、私たちはそれを実現してもらうように求めることができるのです。

人権は、いろんな権利の中でも特別に重要な権利です。人間が人間らしく生きるために必要な権利だからです。だから、どんな人間でも、代金を払わなくても求めることができるのです。


 

 

どうして「人権」が必要なの?

では、「人権」という特別な権利がなぜ必要か、ということを考えてみましょう。

私たちが暮らす社会には、色々な権力関係があります。警察と一般の市民。会社の経営者と、被雇用者。学校の先生と生徒の間にも力関係がありますね。

権力は、どのような社会においても、かならず生まれます。秩序をつくるために権力が必要なことも少なくありません。警察がいなければ、強盗や泥棒から身を守るのは大変です! でも、権力はよく乱用されます。「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対に腐敗する。」という格言もあります。何も策を講じなければ、弱い側は虐げられる一方になりかねません。そこで、権力関係の中でも人間の尊厳が守られるように、弱い側が「人権」という概念を生み出したのです。

人権は、普通の権利よりもずっと重要です。例えば、お金を期限付きで誰かに貸したとしましょう。期限が来れば、返してもらう権利が生まれます。土地を担保にしていれば、代わりに手に入れることができます。でも、借りた人自身を担保にして、返してもらえないときはその人を手に入れる、ということはできません。「奴隷」になったら人間らしく生きることができないので、「奴隷にならない権利」は人権とされているからです。このように、人が尊厳をもって生きるために社会が保障しなくてはならない条件を、人権という「特別な権利」とすることで、簡単に奪われないようにしたのです。


 

 

 

 

人権を「あたりまえ」に守ることができる社会とは?

人間が尊厳を持って生きるために必要なことを、特別な権利にし、簡単に奪われないようにしたはずですが、世界には現実には人権を奪われている人は少なくありません。なぜなのでしょうか?

それは、権利を守るためには、それなりの仕組み(制度)が必要だからです。私たちは日常生活を送る上で、権利を奪われるということは滅多にないので意識しませんが、権利を守るためにはさまざまな制度が必要です。たとえば、ちゃんと法律にのっとって裁判が行われること。権利侵害がされた場合に、訴えることができること。自分たちの持っている権利が何か知ることができること、などです。特に重要なのは、社会が法律などの基準に基づいて公正に運営されていることです。このような社会の運営の仕方を「法の支配」と言いますが、法の支配がない社会では、権利を守ることはできません。

たとえば、偉い人なら悪いことをしても罰を受けない社会なら、権利は守られません。権利が守られない社会では人権も守られないのです。

どんな宗教にも、人間の大切さ、平等に関する表現があります。例えば、「万人は、櫛の歯のように平等」(イスラム教)、「人類に階級差などはない。全世界は神に源を持つ」(ヒンドゥー教)などの言葉があります。仏教もキリスト教も、人権と平等の尊さを説いています。

しかし残念なことに、それはなかなか実現しませんでした。今でも、人権を完全に実現することは簡単ではありません。ただ、「権利」という枠組みが基礎となっている社会、すなわち法の支配の実現されている社会の中で、人間が人間らしく生きるための条件も「権利」とすることで、それなりに権守ることができるようになるのです。権。それは私たちの手で作っていくもの

 

 

 

 

 

 

前章では、「権利」という概念をもとに、「人権」を考えました。
本章では、「人権」がどのようにつくられていくのか。権利がどのようなプロセスを経て「人権」になっていくのか、ということを、「人権バスケット」という考え方を用いて、具体的に考えていきます。

 

人権は、私たちの手でつくっていくもの

では、「人権」はどのように生まれるのでしょうか? それは、すでに完成しているものなのでしょうか? 誰かが与えてくれるものなのでしょうか?

人権は、誰かから与えられるものではありません。人びとの要求により、生み出されます。つまり、「人権」とは、私たちの手でつくっていくものなのです。さらに重要なことは、「人権の中には、つねに形成の途上のものがある」ということです。

 

人権バスケット

「形成の途上」といっても、ピンとこないかもしれません。では、一つの大きなバスケット(かご)を想像してみてください。

そのバスケットの中に入れられた権利は、特別の権利、人権です。権利は、そこに入っていると優先的に社会全体で(とりわけ国家が)、守らなくてはならないということになっています。人権は、さまざまな人が、「この権利をちゃんと保障しないと人間らしく生きることができない」と主張し、バスケットの中に入れようと提案することでつくられていきます。

はじめに、人権バスケットの中に入れられたのは、言論の自由や信教の自由、結社の自由などです。これらは、最初は19世紀のヨーロッパで「人権」だと主張され、今では当たり前になっています。でも、昔は選挙権は女性には認められていませんでした。すべての成人が投票する権利=普通選挙権が人権バスケットに入っていくのは、第二次世界大戦後です。さらに、さまざまな議論の後で、労働の権利、文化的権利、教育を受ける権利、医療の権利などが人権バスケットの中に入れられていきました。小学校教育を無償で受ける権利、労働組合を作る権利など、今の私たちの「あたりまえ」は、昔は少しもあたりまえではなかったのです。 

 

 

 

どうなったら人権バスケットに入る?

人権は、人間らしく生きるための条件をみんなが主張することで生まれると述べました。でもどうやったら、「人権が生まれた」ことになるのでしょうか。

日本を例に考えてみましょう。もっとも基本的な人間の自由や、社会のあり方にかかわる人権は、憲法で決められています。言論・表現の自由、身体の自由、差別されないこと、教育を受ける権利があることなど、日本の憲法はたくさんの人権をしっかりと確認しています。もっと具体的な法律で、人権の内容や守る責任者などを決めている場合もあります。たとえば、「児童虐待防止法」では、こどもが虐待されない権利について誰がどんな責任を持つのかなどを具体的に決めていますね。日本社会で、こうした法律や憲法で決められているものは日本の「人権バスケット」の中にはっきり入っています。

でも、他にもあります。日本は国際社会の一員です。国際社会には、人権条約という人権についてのさまざまな国際条約(国際的な法律)があり、そこでも多くの権利が人権だとされています。国際社会の人権バスケットがあるわけです。そこに入っている権利の中には、死刑廃止などのように日本ではまだ認められていないものもあります。


 

 

どんな権利が人権バスケットに入るか?~人権の基準って何だ?~

人権が存在する目的。それは、人間の尊厳を護ることです。では、尊厳とは何でしょうか?これを定義するのは簡単ではありませんが、もし自分が尊厳を奪われた状態になったときには、比較的簡単に実感できるでしょう。

たとえば、肌の色や人種などの理由で、他人にバカにされたり、店に入れなかったりすること。自分の考え方を述べただけで、自由を奪われてしまうこと。悪いことをしていないのに、逮捕され、暴力をふるわれること。自分も一員である社会のはずなのに、そのあり方に発言することすら認められないこと。教育を受ける機会を奪われてきたために、文字も読めず、人にだまされてしまうこと。こういう状況になったときに、私たちは、どうしようもない悔しさを感じることでしょう。

このように、誰でも感じる不当な「苦しみ」「悔しさ」を繰り返さないようにするために、一つ一つの権利が人権とされてきました。 

ただ、あえて整理するならば、「公正」「自己決定(自由)」「生存」というキーワードで権利が人権となる条件を考えることができます。

世界人権宣言の1条にも「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもつて行動しなければならない。」とありますが、これは、このような人権の基本について書いているのです。すべての人は「自由」であるということは、自分の決定を認められなくてはならないということです。自分たちが作る社会のあり方についても、発言し参加することもできなくてはなりません。平等であるということは、公正に扱われることをもとめることができるということです。そして、これらの前提に、人間として認められ生きることができなくてはならないということがあります。

どの人権の要求の裏にも、かならず自由、公正や命を脅かされている誰かの苦しみがあります。不当な理由で、苦しみが生まれないように人類が知恵を絞って創り出してきたのが、人権なのです。 

第二次世界大戦では、数千万人が命を奪われました。家族を奪われた者、拷問された者、餓死した者、強姦された者、処刑された者、かれらの苦しみが、そして「このような悲劇が二度と起こらないように」という未来への願いが、世界人権宣言という、共通の基準を作り上げたのです。

このように、私たち一人ひとりが、人間が人間らしく生きるための条件を、特別な「権利」とし、その実現を法律・制度的として保障する、という発想が人権を生み出していくのです。

 

 

 

 

人権宣言ってなんだろう?

 

世界人権宣言は、すべての人間が生まれながらに基本的人権を持っているということを、 初めて公式に認めた宣言です。

1948年12月10日、フランス・パリで開かれた第3回の国際連合総会で、 「あらゆる人と国が達成しなければならない共通の基準」として採択されました。 この宣言の中には、「自由権」と「社会権」がともにうたわれています。「自由権」として、身体の自由、拷問・奴隷の禁止、思想や表現の自由、参政権など、 「社会権」として、教育を受ける権利や労働者が団結する権利、人間らしい生活をする権利などがふくまれています。

世界人権宣言(全文)

 

近代的な人権宣言は、18世紀末の近代市民革命とともに誕生しました。 フランス人権宣言(1789年)はその代表例です。それらの影響を受けて、19世紀から20世紀前半にかけてヨーロッパや米国で人権宣言を含む憲法がつくられました。しかし、そうした宣言は、実際には一握りの人びとの権利を保障するものに過ぎませんでした。

ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺、日本によるアジアの国ぐにへの侵略、米国による広島・長崎への原爆投下。 20世紀に入っても、人権はふみにじられ、多くの人びとが命を奪われました。 第2次世界大戦が終わると、その反省から国際連合がつくられました。 そこで、各国の代表者たちは、人権侵害を各国の国内問題として放置することが虐殺や戦争につながったことを認めました。 そして、世界の平和を実現するためには、世界各国が協力して人権を守る努力をしなければならないということが、 世界人権宣言によって明らかに示されたのです。

 

世界人権宣言が生み出したもの

 

世界人権宣言には法的な拘束力はなく、守らなくても罰則があるわけではありません。 そこでその後、国際的なルールによって世界人権宣言の理想を現実のものにしようと、 多くの人権条約が生み出されました。国際人権規約をはじめとするこれらの人権条約は、 人権侵害を受けてきた人びとの権利を守るため、性別や肌の色による差別や拷問・虐待などの、 具体的な人権侵害を禁止しています。条約の締約国は、これらを守らなければなりません。

 

 

 

                                                                                引用:Amnesty